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2012年11月17日 (土)

港区 ラーメン二郎 三田本店 ぶた入りラーメン

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マヤ文明の暦だと2012年12月21日から先が無いらしい。

その為、それが人類の終末だと意味付けている世論もある。

ノストラダムスで1999年、随分と踊らされたが、あれはノストラダムスよりも

大予言の著者の五島勉氏の影響が過大であったとしか言いようがない。

しかし、今回はノストラダムスほどの大騒ぎは今のところ無い。

逆にそれが不気味であったりする。

準備万端に大災害に備えているところに起こらず、

油断しているところに大きな災害が来る。

そんな事をふと、考えたりした。



良く言われるのが「最後の晩餐に何を食べるか?」。

私は最後の晩餐は何でもいい、有る物を食べられれば良いと思っている。

その代わり、最後の晩餐の期日が分かっているならば、最後の晩餐の前に

出来る限りいろいろな物を食べてみたい。

特に食べ過ぎると体に良くないから、と理由で遠ざけていた物を食べてみたい。

どうせ最後の晩餐が近いのなら、体に悪いけど美味い物を沢山食べてみたい!



新千歳から羽田に着いた私の心には一抹の寂しさがあった。

北海道にもっと滞在したかった・・・

だが、明日から仕事である、気持ちを切り替えなければならない。

今回もいろいろなものを食べ、飲んだ。

そんな北海道の余韻を吹き飛ばし、現実に引き戻してくれる食べ物。

私は浜松町から田町に向かい、降りた。

慶応義塾大学の門の前を通り過ぎると二郎三田本店の行列に並んだ。

そう、北海道の余韻を破壊するものは私は二郎しか知らない。

私の心はすでに野菜、ニンニクになっていた。




食券を買う前に大きさを尋ねられたが、口から出たのは「小」。

やはり、昨夜の蕎麦が残っていたか?本日初めての食事なのに。

ただ一度だけ大を注文した事があるが、食べ易い量だったのでそれ以来小である。

二郎は小は大を兼ねるのだから・・・

着席すると総帥とは別に2人の弟子と云うか助手がいた。

私自身は初顔合わせになるが、挨拶するほど常連でも無い私は無言で待つ。

やがてぶた入りラーメンが登場した。

野菜とニンニクを盛ってもらい、記念撮影をする。

北海道で散々撮影してきたが、何故か二郎だと背筋が伸びる。

正直見た目はカオスである。

このカオス的な食べ物をいかに美しく、美味そうに撮影するか?

ブログで紹介することを念頭に撮影する。

今回は天地返しの画像はやめておこう。

そして私は合掌すると梵字を思い浮かべた。

それは不動明王のカーン。

人々の平安を永劫願い、そして今無事に飛行機が着陸し、

また二郎が食べられる事を祝して思い浮かべた。




さあ、食べよう!


ぶたがデカイ。

ぶた入りを注文したとはいえ、ぶたがデカイ。

総帥、これで利益が出ていますか?弟子に小遣いあげられますか?

本当にぶたの塊がどど~んと1個入っている。

それとは別に俗世間でいうチャーシュー状の豚が数枚別に存在する。

しかし、まずは麺だ。

啜る、噛み砕く、飲みこむ、どんな食べ方でもいい、自分の好きなように食べるがいい。

私は啜り、咀嚼、嚥下を繰り返す。

美味い。

ごわごわした麺から放出される小麦の旨味。

小麦の旨味に脂が纏わり御馳走を上回る醍醐味。

ホッキ貝も生姜ラーメンもスープカレーも焼き鳥も、カネシ醤油の味の下に埋もれて行く。

次にぶたに食らいつく。

美味い。

肉の塊に食らいつくということは旧人類の頃からの王道の食事行為なのだ。

そして他の命を糧に生きて行くことへの感謝。

タレの浸みた肉塊から溢れる旨味に、私は溺れて行く。

モヤシとキャベツが絡み合う中へ刻まれたニンニクが付着する。

それを口に入れると大地の恵みから得られた感動が起きる。

美味い。

野菜といっても3種類、この3種類の野菜がこの麺とスープと出会う事により、

野菜という大雑把な表現では申し訳ないような「食」に変化する。

モヤシ、キャベツ、ニンニクが天秤にかけられ、3種のバランスが取れた時、

そのバランスは黄金比となり、至福の満足感を与える。

神が与えし生き物の命と大地の産物。

大地の糧と命の糧、それら2つが織り成す食べ物に北の旅の余韻が消えた。

私は北の大地でいろいろと味わったつもりでいる。

味わったつもりではいるが、まだまだ味わい足りない、満たされていない。

しかし東京に戻り、二郎を食べて満たされた。

まだ、自宅には到着していないが、旅の出発の気持ちを羽田で高め、

旅の終わりとして二郎で旅の満足感を得た。

だが、完全に満たせるか否か?

麺も野菜もぶたも食べ終え、残ったスープを見つめる。

このスープの中には命から抽出したダシ、野菜から出た旨味、人間が生み出した

化学調味料が入っている。

これを飲まずして本当の満足感はあるのか?

スープを啜る。

啜る。

表面を覆う脂は恍惚を導く魔性の産物。

塩気を感じながらどこか甘さを感じるスープは魔女の誘惑。

ニンニクや肉の小片などが混在するスープは全部飲み干したい気持ちになる。

残す事が悪意に感じ得る。

だが私はスープを3分の1ほど残し、店を後にした。

また来よう。

他の二郎には行かず、このところ本店ばかり訪れている。

いいではないか。

本店だ、二郎の起源なのだ。

総帥が頑張り続ける限り、訪れよう。

私は額の汗をタオルで拭った。

帰路に通り過ぎる慶応の門は何故か低く見えた。w

 

ここで一句

     種の起源

         ラーメン店にも

               ありました

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